Stories

困っている後輩がいたら絶対に
助けたいしその力も今ならある

川谷 法子 松江赤十字病院

松江赤十字病院
看護師・31Years old
川谷 法子

高3の春休みに東日本大震災が起こって、地元浜田にいてテレビで見ていたんですけど、衝撃でした。
困っている人の助けになりたいけど何もできない。あの無力さが医療に進むきっかけでした。

力不足に悩んだ駆け出し時代

大学で看護を学んで赤十字病院に入りました。
最初の配属から今と同じ脳神経センターで、もう10年前ですね。最初の頃は挫折ばかりで今も思い出すのは2年目の頃です。
脳に腫瘍が転移した高齢の患者さんを受け持ったのですが、私にとって初めての難しい患者さんで、自分の力不足を痛感しました。
「担当が私じゃなかったら、もっといい看護ができたんじゃないか」って悩みましたし、理想とのギャップを埋めるようにと必死でした。仕事が終わって家に帰ったら勉強して、気づけば夜が明けていたこともあります。
手応えが変わったのは5年目くらいです。ドクターや患者さんに的確に経緯や意見を伝えられるようになって、信頼してもらえるようになったのかなって思います。

周りの力を引き出す存在に

一番の原動力は人です。
患者さんに「あんたが来てくれると安心する」と言ってもらえるとうれしいですし、憧れる先輩の背中を追いかけてやってこられました。
私、中高とバスケをやっていたんですけど、医療もチームの力なんです。一人では無力かもしれないけど、チームで継続的に取り組めばできることはたくさんあります。
私が関わる脳の分野だと、最初は意識のなかった方が1日ごとに良くなって最後には歩いて帰られることもあるんです。そういう奇跡的な変化に立ち会える素晴らしい仕事だって思います。
仕事に悩んでいた頃は何もかも一人で抱え込もうとしていましたけど、今は頼れる仲間たちがいます。もし困って悩んでいる後輩がいたらもう絶対に助けに行きたいし、その力も今の自分ならあるはずです。
後輩たちが成長して自分がいなくても回る環境をつくりたいですし、人の力を引き出せる存在になりたいって今は思うんです。

PROFILE

松江赤十字病院

川谷 法子 Kawatani Noriko

1993年浜田市生まれ。母は看護師。中高はバスケットボールに打ち込む。浜田高校を卒業後、島根県立短期大学で看護を学ぶ。短大卒業後、現職で10年目。今年、脳卒中看護認定看護師の資格を取得。「看護師を大切にする病棟で、残業を減らす取り組みがあったり男女問わず育休も取れたりするので働きやすいです」。勤務する松江赤十字病院そばの京橋川沿いで撮影。

COMPANY PROFILE