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10:30 江津営業所で、富田友里子は母の手紙を思い出した。

富田友里子 株式会社さんびる

2024年1月4日。スマホの通知が鳴ったとき、富田友里子は妙な予感がした。雲の切れ間から陽光の差す、妙に暖かな朝だった。

「会社からの電話でした。江津で所長をやってほしい。早速来月には引き継ぎをしてほしいと言われました。え、どういうことですか、ってなりますよ。だって、年明け早々ですよ。神社で新年のお参りに行く日に。さすがに不意打ちすぎません?」

そう言って富田は顔をほころばせた。とはいえ、当時の富田にとっては笑いごとではなかったはずだ。1人の社員が、突然、別の営業所の責任者になる。しかも江津営業所は、これから単独の営業所として動き始めるタイミング。大きな挑戦になる。結果も失敗も、すべて自分に返ってくる。

さんびるは、松江市に本社を置き、山陰・山陽各地でビルメンテナンスや清掃管理を手がける会社だ。富田が所長を務める江津営業所は、江津市での商圏拡大を掲げる拠点としてつくられた営業所。取引先の開拓、既存クライアントとの関係づくり、サービスの品質管理、所員のチームマネジメント。そのすべてに責任を持つ立場だ。

はじめは、清掃の仕事がしたくて入社したわけではなかった。就職活動で気にしていたのは、仕事内容より人間関係だった。

「入社したからには、すぐに辞めるのは嫌だと思ったんです。じゃあ、長く働き続けるには何が重要か考えたら、やっぱり人じゃないのかなって」

合同企業説明会で出会った採用担当者の印象がよかった。会社説明では、社員を大事にする社風が印象に残った。それが大きかった。

さんびるの入社式には、希望すれば新入社員の親も参加できる。親から子に向けて手紙を読む企画は毎年の恒例になっている。富田の母は、手紙の中で、富田が昔から「人が好き」だと言っていたことに触れた。

「そんなことを子どもの頃の自分は話してたんだって思いました」

自分では人見知りだと思っていた。新入社員の頃は、年上の上司たちにどう関わればいいのかわからなかった。飲み会や会社の催し事も、正直、億劫に感じることもあった。それでも、参加してしまえば場の空気に助けられた。仕事中には見えない顔が見える。この人、普段はこんな感じなんだ。そう思うと富田も自分の素を出しやすくなった。

松江営業所で5年働いたあと、浜田営業所へ異動になった。そこでは女性の所長のもとで経営やマネジメントの意識を学んだ。

一方で、管理や営業を担当しながら、富田は、ビルクリーニングの技能を競う大会に出てみることにした。現場の清掃スタッフに実技の講習を受けた時は、その清掃技術の奥深さに驚いた。数センチ単位でポリッシャーを緻密に操り、建物を使う人のことを思い、細かな配慮をし、丁寧に清掃を行う。もちろん速さも重要だ。

「ほとんど職人技なんですよ。そういう複雑で緻密な仕事を、現場のみなさんは、当たり前のように毎日やっているんですよね」

清掃は、気づかれにくい仕事だ。何も起きていないように見えるいつもの風景の裏側で、誰かが数センチを見ている。富田は、その見えない仕事の凄みを浜田で知った。

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今、富田は江津営業所を預かっている。人数の多い営業所ではない。だからこそ、一人ひとりとの距離は近い。経営方針発表会を江津単独で開くことになった時は、資料を作り、方針を発表し、余興も考えた。準備は大変だったが、笑いの絶えない会になって、ほっとした。

所長になって、うれしいことばかりではない。外壁の汚れを取る仕事で、思った品質を出せなかったこともある。顧客の力になりたいし数字も欲しい。けれど、できないことはできないと言わなければいけない。伝える力が問われる。判断力もいる。責任は重い。悩むこともあるが、富田が話すと、なぜか明るい話になる。

今年、10年勤続旅行で同僚たちと北海道へ行った時のことを富田は思い出す。初日の昼は、ジンギスカンの美味しさに驚いた。翌日もまたジンギスカンが出た時は「さすがに、そんないらんわ」と突っ込んだが、結局かえって盛り上がっておいしく食べた。

誰と行ったか。誰と笑ったか。誰に助けられたか。富田にとって、仕事の入口には人がいる。人を通して学んだことが、今の自分をつくっている。

人見知りは、人を大切にしたい気持ちの裏返しでは? そう問いかけると、富田は「そんな立派なものですかねえ」と笑った。

PROFILE

株式会社さんびる

富田友里子 Yuriko TOMITA

1995年生まれ。地元の松江市で大学までを過ごす。卒業後の2015年にさんびる入社。松江営業所、浜田営業所を経て、現在はさんびる江津営業所所長を務める。

COMPANY PROFILE

1977年設立。松江市に本社を置き、オフィスやホテル、病院など様々な施設の清掃管理、設備管理、保安警備、環境衛生などを手がけ、誰もが安心して過ごせる空間を支える。