14:17 和田守有香は出雲市の椎茸農園に立ち寄った
和田守有香 島根県農業協同組合(JAしまね)
ハンドルを握る気持ちは重かった。和田守有香が向かうのは、問い合わせを受けたのにうまく応えられなかった農家の畑だ。気は進まない。それでも車を走らせる。
「先輩に、『行きにくい人のところほど行け』って言われたんです。その考え方を私はとても大事にしていて。いくら気が重くても、行かなかったら距離は開いたまま。だから、近くに来たから顔を見に来ました、みたいな感じで行くんです」
和田守はJAしまねの営農相談員として働いている。農家を訪ね、栽培や経営に関する相談に乗る仕事だ。指導がうまくいくこともあれば、そうではないこともある。自然相手の仕事に絶対はない。収量が出なければ農家の経営は揺らぎ、家族の暮らしにも影響が出る。
「生活がかかっていますから、組合員のみなさんが真剣なのは当然です。そう思ったら、こっちも中途半端な気持ちじゃだめだなって奮い立たせていました」
最初はおっくうでも、顔を合わせれば、気分は変わる。相手の必死さも、こちらの困った顔も伝わる。電話越しではわからないことがある。
「何度も足を運ぶうち、徐々に組合員さんと仲良くなっていくので、会う時間は大事だなって思います」
和田守は出雲市平田町で育った。実家は農家というわけではない。はじめは母の生け花を見て植物に興味を持ち、高知大学農学部へ進んだ。そこで畑の面白さを知り、地元で農業に関わりたいとJAしまねへ就職した。
最初に任されたのは、平田の特産であるブロッコリーだった。
「緊張しました。大学を出たばかりの、農家育ちでもない私が、何十年も畑に立ってきた農家の方に、栽培方法について話をするんです。どうしようって。相手の組合員さんの表情からも『この子に任せて大丈夫か』っていう不安が伝わってくるんです」
ある時、訪問先の農家に「自分でつくらないとわからないよ」と言われた。その何気ないひとことから、和田守は、自分でもブロッコリーを育ててみることにした。
「出雲では、水田を転作してブロッコリーを育てる栽培が盛んなんですけど、私も知り合いの水田の一部を借りさせてもらったんです。春の収穫期には、日が出る前の5時から収穫作業をして、それから出勤していました。でも私なんて遅い方で、農家さんは朝の3時台から収穫されている方もいるんです。太陽を浴びると鮮度が落ちてしまうので。美味しい野菜を届けるため、みなさん大変な努力をされているんですよね。自分で育てて、それが体感としてわかりました。そこからですね、農家さんとの距離が一気に縮まった気がします」
その後、和田守は椎茸の担当に変わった。作物の知識は一から学び直す必要があったが、仕事には知識より大切なものがあることに、その頃には気づいていた。
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椎茸の収量が伸び悩めば、講習会を開き、交流の機会をつくった。販売担当と連携し、香港への出荷にも関わった。自分たちの椎茸が海を渡ることを、生産者たちは喜んだ。そうした和田守の取り組みは、いつも生産者の声を聞くことから始まった。
「自分ひとりで正解を出す必要はないんだって思いました。実際につくるのも、収入につながるのも農家さんですし、まずは相手の方の気持ちを聞いて、一緒に何ができるか、次の方法を考えたいんですよね」
そうして、地域に顔なじみの農家が増えていった。それに伴い仕事は充実していった。近くを通れば顔を出し、世間話をする。その時間を和田守はますます楽しむようになっていた。野菜や農産物をもらうこともあった。困りごとを聞きに立ち寄ったはずが、帰る頃には逆に元気づけられていることも多かった。
「組合員さんの活動を応援する立場ですけど、逆に私が応援されているみたいな感覚になることもありますね」
12年余り働いた今、この先に何をしたいかと聞くと、和田守はしばらく考えて、口を開いた。
「今の気持ちを忘れたくないですね。年齢を重ねたら、知識や経験は増えると思うんですけど、それにおごらず、相手に寄り添うことは忘れたくないです。人の言うことを素直に聞くとか、大事にしていける自分でいたいです」
そう話した後、「なんか、あまり大きなことが言えないですね」と申し訳なさそうに笑った。
仕事帰り、和田守はよくスーパーへ立ち寄る。入ると必ず直売コーナーをのぞく。そこには、地域の生産者の名前が記された野菜が並んでいる。名前を見れば、一人ひとりの顔が浮かぶ。困った顔もあれば、笑った顔もある。「この人の野菜だ」と手に取り、かごへ入れる。誰が、どんな思いで育てたものかを知ってから、食べ物を以前より大切にするようになった。
自分の仕事と日々の食卓がつながっている。同じ土地の、知った人たちの仕事が、自分の暮らしを支えている。そうした日々のささやかな実感を、和田守は今、ひとつの幸福の形だと感じている。
PROFILE
島根県農業協同組合(JAしまね)
和田守有香 Yuka WADAMORI