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15:30 松江市のスーパーで松本幸大は3人分の買い物に付き合っていた。

松本幸大 新和設備工業株式会社

「マツモト!」

「松本さん、な」

技能実習生が名前を呼ぶたび、松本はすかさず訂正する。これで今日2回目である。彼らの母国カンボジアには、名前に敬称をつけて呼ぶ文化がないらしい。別の実習生は「おはようございます。私はハンサムです」と恒例の挨拶をする。「わかったよ」と松本が返すところまでが、お決まりの流れである。

松本幸大は水道工事の技術者だ。新和設備工業に入社して10年を超え、現場では少しずつ中堅と呼ばれる立場になってきた。

1年前に会った時、松本は、もともと引っ込み思案だった自分が、先輩や職人たちと働く中で、人と話すことの面白さを知ったと語っていた。キャリアが長くなれば、求められる役割も変わる。自分の技術を磨くだけでなく、周囲を見て、人に伝え、人を動かす力が必要になる。この1年で、その力を試される環境がやってきた。カンボジアから3人の技能実習生が入社し、松本が指導を任されたのだ。

「現場の仕事はもちろん、生活や言葉のことまで、教えることばかりです。自分の仕事は変わらずあるんで、忙しくはなりました。でも、充実してますね」

新和設備工業が今年度、初めてカンボジアから技能実習生を迎えたのは、ただ人手を増やすためではない。水の供給が十分でない地域に、安全な水を届ける力になりたい。日本で学んだ水道技術を、いつか母国の暮らしに役立ててほしい。そんな会社の思いがあった。

松本も代表とともにカンボジアへ渡り、実習生たちの家を訪ねた。首都を離れると、道は舗装されておらず、車は大きく揺れた。村では雨水をかめにため、生活用水として使っていた。蛇口をひねれば水が出る暮らしが、世界のどこでも当たり前なわけではない。普段は地中に隠れ、完成すれば意識されることも少ない水道の力を、松本は遠い土地で改めて考えた。

この人たちの助けにつながるなら、自分も力になりたいと、松本はそう思った。そうして3人は、カンボジアの田舎から島根へやってきて、松本の後輩になった。

「トマトの苗はどこで売っていますか?」

ある日、実習生の1人に聞かれた。ベランダで育てたいらしい。なら一緒に行くか、と松本は車を出した。ホームセンターで肥料や土を見比べ、トマトと、ついでにオクラの苗も選ぶ。松本自身も家庭菜園をしている。共通の趣味となれば、話は早い。水道技術の国際研修は、ときどき野菜づくりの交流になる。

仕事の道具を買いに行ったはずなのに、「シャンプーが欲しいです」と言われることもある。今じゃないだろう、と思うが、彼らの慣れない国での不便を考えると、まあ、少し付き合ってやるか、と思えるのだった。

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もちろん、現場では困ることもある。

「『車に乗って』と言うじゃないですか。そうすると『乗る、は何ですか?』って話になるんです。日本人同士なら『パッとやって』『ピシッと並べて』で伝わることも、なかなか通じない」

感覚でしていた作業を、分解して考え直し、目的や意味を説明する。それには、自分が何を見て、どう判断しているのかを言葉にしなければならない。そのプロセスを通して、松本自身が仕事を学び直すことも多い。

実習生たちから教わることもある。時には、松本が思いつかなかった効率的な方法を見せる。

「そんなやり方があるんだ、と思うことがあります。でも、効率が良くても危なかったら、そこは注意します。水道工事は、速さだけが大事なわけじゃないので」

水が流れたら、それでいいわけではない。決められた工程を守り、周囲を確かめ、安全に作業を終える。その当たり前を人に伝えようとすることで、松本自身の安全への意識も以前より強くなった。

危ない時は叱る。しかし、現場を離れたあとまで、その空気を引きずらない。

「嫌いで怒ってるんじゃないっていうのだけは、感じてもらいたいんです。怒られた相手が萎縮して、質問できなくなることの方が怖いんで」

教えることは、知識を渡すことだけが重要ではないと松本は考える。相手が「わからない」と言える関係をつくることまで、配慮しなくていけない。1年前、人と話す面白さを知ったと語っていた松本は今、相手を話しやすくする配慮まで考えるようになった。教える側になったことで、本人の視野が広がっている。

最近、実習生たちは松本を「松本先輩」と呼ぶことがあるらしい。

ただの「マツモト」だった名前に、「先輩」がついた。ほんの小さな変化である。けれど、その小ささがいい。言葉を教える。危ない時は叱る。トマトの苗を一緒に選ぶ。そうした日々の遠い未来に、カンボジアの僻村に水道が通る風景が、見える。

PROFILE

新和設備工業株式会社

松本幸大 Kota MATSUMOTO

1996年松江市生まれ。新和設備に入社し11年目。水道工事の技術者として経験を重ね、現在はカンボジアから来た3人の技能実習生の指導も担当する。趣味は家庭菜園。

COMPANY PROFILE

1971年設立。島根県松江市に本社を置き、空調、給排水衛生、水道施設、換気、消火、ガスなどの設備工事を手がける。「水」と「空気」を通して、地域の暮らしを支えている。