8:45 大橋川沿いを歩く勝部友香は音楽に耳を澄ませた。
勝部友香 TSKさんいん中央テレビ
前のめりで会社へ歩く勝部友香の顔の横で、大きなヘッドホンが黒く光っている。耳元では昨日と同じ曲が、繰り返し流れている。ファンキーモンキーベイビーズの『悲しみなんて笑い飛ばせ』。彼女にとって、気分のいい朝に聴く曲ではない。プレッシャーに立ち向かうための曲だ。その曲を聴くたび、脳裏に数年前のある光景がよみがえる。その記憶が、勝部を支えている。
「きつい時には、鬼リピートしながら会社に向かってますよ」と勝部は笑う。
島根大学にいた学生時代、友人の代打でマラソン中継の補佐の仕事に入ったことから、TSKでアルバイトを始めた。テレビ番組の現場では、自由で真剣な大人たちの働きぶりが印象に残った。
「楽しそうな仕事だなって思いました。いい意味で、遊んでるみたいに仕事をしてるように見えたんです。笑いあっていたと思ったら、本番ではピリッと真剣になる。その感じがかっこよくて」
卒業後は、そのままTSKへ入社した。その年に採用されたのは、勝部1人という高倍率。本人も、まさか採用されるとは思っていなかった。
配属されたのは、憧れていた制作ではなく、CMを扱う内勤の部署だった。テレビ局の仕事は楽しいかと聞くと、勝部は少し考えて答える。
「最初の2年間は、頑張ってきた、という感覚の方が強いです。最近の若い子って辛抱がないよね、みたいに言われたくなくて。まあ、気合と根性でやってましたね」
本人は笑ってそう話すが、大きな学びもあった。TV広告の世界に触れたことで、勝部は、いいものをつくるには、お金が必要だと肌身に感じた。だから異動先には、番組制作ではなく、イベントの企画運営を担う事業部を希望した。自ら利益を生む仕組みをつくりたいと思ったのだ。
異動から6年、勝部は音楽フェスなどのイベントの企画や広報を担当している。
「仕事は大変ですね。お金を生み出すことの難しさを痛感しています。それでも、イベントが形になった時には、報われてよかったなって感じます」
これまでで最も大きな結果のひとつが、自社の企画として2024年に始まったIZUMO OROCHI FESだ。山陰で最大級の音楽イベントを立ち上げる、未知の挑戦だった。部内で連携しながら、広報展開、会場内外の動線設計、飲食エリアの取りまとめなど、いくつもの調整を重ねる。その準備から運営まで、勝部はメイン担当として関わってきた。
最初は、未知のことばかりで思うように進まなかった。課題をクリアし、トラブルをさばき、あちこち飛び回るうち、時間はあっという間に過ぎていった。
フェス当日も、勝部は会場の外を走り回っていた。同僚に「1回、中を見てきなよ」と言われ、客席へ入ると、ステージにはファンキーモンキーベイビーズの姿があった。演奏されていたのは勝部が高校時代によく聴いていた曲だった。満員の観客が立ち上がっていた。
「その光景を見た時に、ああ、もう頑張っといてよかったな、って思いました」
何か月もの苦労が、数分間の曲と景色で報われた。その記憶が、今日も勝部を奮い立たせている。
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仕事を通して、特別な一瞬を経験した。ただ、その一瞬だけで、何もかもがうまくいくわけではない。今の会社でこれから何をしたいのかと聞くと、勝部は「そこがまだ悩んでいて」と答える。
「一時期、めちゃめちゃ探したんです。自分は何がしたいんだろうって。目標とか夢とかって何なのかって。けど、探しても見えてこないし、なんか自分が、空っぽみたいな気がして落ち込んできちゃって。これは心の健康上よくないぞ、と思って、無理に探すのは、やめたんです」
遠くの目標は見えなくても、勝部を支える言葉がある。Creepy Nuts×Ayase×幾田りらの「ばかまじめ」という曲の歌詞だ。
「つらいことも、最後までやり切れば、いつか笑い話にできる、みたいな歌詞なんですけど、本当にそうだなって思います。つらいからって、途中でやめたら、笑い話にできないですからね」
勝部がイベントの準備に追われていた夜、社外のスタッフが遅くまで資料づくりを手伝ってくれたことがある。キツい時に話を聞いてくれた同僚もたくさんいる。
「人に恵まれてます。私が大変そうにしていると、会社の人が「飲み行くか」って声をかけてくれるんですよ。みんな忙しいだろうに、と思いつつ、ありがたく飲みに行きます」
落ち込んだ日のことも、酒の席で話せば笑い話に変わっていく。
やりたいことは、まだわからない。片付かない仕事が散らかっている。仕事が楽しいとも、簡単には言えない。それでも、今日をがむしゃらに生きれば、真面目にやりきれば。いつか、笑って乾杯できる夜が来ることを勝部は知っている。
今日はまだ、笑い話にはなっていない。それでも勝部は、ヘッドホンをつけ、会社へ向かう。
PROFILE
TSKさんいん中央テレビ
勝部友香 Yuka KATSUBE