16:30 松江市の建設機械置き場で佐々木陽平は母の唐揚げの味を思い出していた。
佐々木陽平 株式会社原商
建設現場では、静かな革命が進んでいる。
油圧ショベルの運転席にモニターが置かれ、3次元のデータが画面に示される。どこを何センチ掘るか。職人の経験や感覚に委ねられてきた作業を、センサーとデータで補う。大規模な現場では、人が乗らず機械が自動で制御する重機の導入も始まっている。乗用車の自動運転が目まぐるしく進化しているように、建設機械にもテクノロジーの波が押し寄せているのだ。
建設機械のレンタルや販売を手がけてきた原商は、ただ変化を待つ側にはいなかった。既存の重機をICT仕様へ変え、現場への導入や調整まで担う専門部署を設けている。その最前線に、佐々木陽平はいる。
主な仕事は、レンタル用の重機にセンサーやモニターを取り付けること。「簡単に言えば、自動車にカーナビを取り付けるようなものです」と本人は説明する。ただし画面に表示されるのは目的地までの道順ではなく、掘る深さや斜面の角度。
新技術を扱う役目と聞けば、想定外の変化を楽しむ大胆な人物を思い浮かべるかもしれない。けれど佐々木の印象は、むしろ逆だ。
「緊張しやすいんです。入社前日は、吐き気がするほど不安で。自分は想定外のことに臨機応変に対応するのが、まだ得意ではないんです。できれば準備の段階で、起こりそうなことを全部考えておきたいんで、準備を大事にしています。今の仕事は数値の精度が重要なので、何度も確認する自分の性格には合っているのかなと思います」
佐々木は、自然に囲まれた川本町で育った。小学生で始めた野球では投手としてマウンドに立ち、高校時代は甲子園を目指した。1点差の最終回、目の前の打者を抑えれば勝利が決まる。そんな時は、両親にせがんで手に入れたオーダーメードのグローブを見て、自分を奮い立たせた。
高校卒業後、島根県立大学へ進学した。就職活動では、福利厚生や経営の安定した会社を探した。原商を選んだのも、事業への興味に加え、堅実に働ける場所だと感じたからだった。
入社後、最初に配属されたのは販売営業だった。人と話すことは嫌いではない。しかし、商品を積極的に売り込む仕事に、難しさも感じた。その後、ICT推進グループへ異動する。機械と向き合い、センサーを取り付け、配線し、数値を合わせる。緻密な作業を積み上げる仕事は、慎重な性格によく合った。
すべてを取り付けたあと、モニターに数字が表示され、システムが正しく動き始める。その瞬間に、ようやく小さな安堵(あんど)が訪れる。
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「高校野球では、打者を抑えたり試合に勝ったりした時の喜びが大きかったです。今の仕事の喜びは、それに比べたら一回一回は小さい。でも、機械がちゃんと動かないと、現場の作業を止めたり、場合によっては事故につながったりもします。だから正しく動いた時は、良かったなって思います。野球とは違う、安心するような静かな喜びがあります」
初任給をもらった時、佐々木は両親を川本町の道の駅にあるレストランへ連れていった。注文したのは、親子ともに好きな唐揚げ定食だった。その日は初めて親の分の食事代を自分が払った。
佐々木はよく料理をする。休日には平日5日分の昼食をまとめてつくる。時間がある週末には、しばしば鶏の唐揚げをつくる。母親の味を再現しようとするけれど、同じ味にはならない。母の唐揚げには、まだ届かない。それでも試行錯誤しながら、自分なりの成長を楽しんでいる。
甲子園を目指していた頃のような、わかりやすい勝負は、社会人として働く日々にはない。佐々木の現在には、機器が正しく動く瞬間がある。それが現場で役にたつ実感がある。料理がおいしくできる小さな達成感もある。そこに歓声はない。それでも、静かな喜びをかみしめることが、今の佐々木にはできる。
PROFILE
株式会社原商
佐々木陽平 Yohei SASAKI