14:25 松江市内のオフィスで嶋田美咲は未来の後輩たちのことを考えていた。
嶋田美咲 豊洋
入社して1週間で、学生たちに会社の魅力を説明することになるとは、思ってもみなかった。そのひと月前まで、嶋田美咲は玉造温泉の旅館でフロントに立っていたのだ。総合建設会社のことなど、ほとんど何も知らなかった。まずは「ゼネコンとは何か」を覚えるところから始まった。会社説明の資料を直し、自分の言葉で話せるようにし、就活イベントの壇上に立つ。大役だった。けれどそこには、嶋田が働きながら見つけてきたものが詰まっていた。
大学4年の夏、嶋田は就職活動で行き詰まっていた。どうしても入りたい会社があった。観光事業を全国展開する企業だった。
「こうと決めたらとことん突き詰めたくなるタイプで、絶対にこの会社で働くんだって思っていました」
他社は一切受けなかった。選考は9次面接まで進み、結果は不採用。周りの学生が内定を決める中、もう一度、自分がどんな仕事をしたいのかを考えることになった。当時の嶋田にとって、仕事とは全力で打ち込むものだった。
「ワークライフバランスっていうじゃないですか。当時の私は、プライベートと仕事を分けたくなかったんです。仕事はやりがいがすべてだと思っていました」
縁があって就職したのは、島根県の老舗旅館だった。シフト制の接客業で、時間は不規則だ。それでも仕事は楽しかった。「いい旅行になった」「ありがとう」と声をかけられると、人のために働けている、たしかな実感があった。
数年がたち、フロント業務に加えて、学校説明会やインターン対応にも参加するようになった。学生に仕事を教え、将来の相談に乗り、自分の就活の経験も話した。宿泊客から感謝される喜びとは違う感覚が、嶋田の中で少しずつ大きくなっていった。
「新人教育は時間がかかります。学生と出会ってから入社するまで何年もかかることもありますし、何カ月もかけて教えることもあります」
すぐには変わらない。何度も同じことを伝え、ようやく少し前に進む。それでも、その変化をそばで見届けられることに、嶋田は強く惹かれていった。やがて本格的に人事の仕事を志望し、転職を考えるようになる。
転職先は豊洋。松江市の総合建設会社だ。建設業界はまったくの未経験だったが、それでも採用の仕事を嶋田に任せたいと、その会社は言ってくれた。豊洋には、会社の魅力が学生に伝わりきっていないという課題があった。建物をつくる会社でありながら、嶋田が最初に感じた魅力は、制度や実績だけではなかった。人の温かさだった。部署を超えて協力してくれる社員がいる。見学に来た学生が「雰囲気が良かった」と話して帰っていく。長く働き続けられる環境もある。そうした良さが、まだ十分に外へ伝わっていなかった。
「人が良くて働きやすい会社だと思いました。福利厚生もしっかりしているので、これから結婚や出産でライフステージが変わっても安心して働ける。そういう職場に出会えることは大切だと思います」
嶋田は、学生に近い新鮮な目で豊洋を見ることができた。専門的な知識より先に、自分が驚いたこと、いいと思ったこと、安心できると感じたことを言葉にする。会社として初めて置く専任の採用担当。前例はない。だから、会社説明の資料を直し、SNSを立ち上げ、説明会を企画し、学生と向き合った。入社から3カ月で複数の内定者が出た。過去3年間、新卒採用がなかったことを考えれば、大きな変化だった。
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そんな嶋田らしさを思わせる出来事がある。前職を退職する時、フロントのスタッフ20人ほど全員に、手書きの手紙を書いた。そのうちの1人は、大学2年の夏にインターンで出会い、翌年もまた来てくれて、その後、新卒で入社した後輩だった。その後輩から返ってきた手紙には、「嶋田さんと一緒に働きたくて入社した」と書かれていた。その部分を読むと、今でも目頭が熱くなる。
自分の言葉や、一緒に過ごした時間が、誰かの人生を少しだけ、けれど確かに動かしていた。その実感が、嶋田を人事の仕事へ向かわせた。一方で、働き方への考えも変わった。若い頃は、やりがいだけで走れると思っていた。けれど休みや有給、長く働ける環境の大切さにも気づいた。今の嶋田は、その変化も学生に話す。
「自分の実体験があるから話せるのだと思います」
観光業から建設業へ。老舗旅館のフロントから採用担当へ。大きな方向転換に見える。でも、嶋田には自然な流れでもあった。
「ずっと人に興味があったし、人の支えになりたいという思いは変わってないですから」
旅館で見つけた、人が前へ進む瞬間に関わる喜び。それはいま、豊洋という新しい場所で、採用の仕事として形になり始めている。
PROFILE
豊洋
嶋田美咲 Misaki SHIMADA