12:15 島村茜里は松江市の工場で、冷えた麦茶を口に運んだ。
島村茜里 ヤンマーキャステクノ株式会社
工場は、今日も暑い。溶けた鉄の熱気を含んだ空気を感じる。頭上では巨大なクレーンが行き交う。
島村茜里は松江市内にあるヤンマーキャステクノという企業の鋳造工場で働いている。鋳造というのは、溶かした鉄を型に流し込み、冷やして固める加工技術のことを言う。島村の工場では大型ディーゼルエンジンに使う鋳造部品の製造を行う。シリンダーやピストンのようなものだ。彼女は、型の表面へ特殊な液を吹きつける「塗型(とがた)」の工程を受け持っている。
鋳造工場の現場は、「キツい、汚い、危険」の「3K」と揶揄されることもある。島村も「実際、その通りかもしれません」と笑う。けれど、それだけでこの仕事を語ることはできない。
「ちょっと変かもしれないですけど、汚れるのが好きなんです。汚れた分だけ頑張ったっていう感覚があるので、1日の終わりに作業服を見て、今日もいっぱい汚れてる、頑張ったなって思います。1日の作業を終えた時の達成感は、大きいです」
身体を動かしてものをつくり、仲間と一日ごとの仕事を終わらせていく。その日々の手応えを、島村は気に入っている。
「ほかの工程も経験してみたいし、できれば長く工場の現場で働きたいと思っています」
今はそう語る島村だが、初めから仕事が好きだったわけではない。というより、仕事とはどういうものなのか、昔はあまりわかっていなかった。
松江の高校を卒業して、島村は先生に勧められた工場へ就職した。アルバイト経験もなく、それが初めての仕事だった。朝8時半から出社し、残業で工場を出るのが夜9時をすぎることもあった。それでも残業分は給料に反映されたし、貯金残高が増えることは単純にうれしかった。
「最初は、こんなにお金がもらえるんだって思って、頑張れたんです。でも、毎日帰って寝るだけの生活で、忙しい時期は土日に出勤することもありました。それでも仕事は終わりませんでした。これ、いつまで続くんだろうって思うと、だんだん会社に行けなくなってしまって」
島村は、何かに追わるように、いつも焦っていた。それでも4年ほど踏ん張って働いた。貯金は貯まった。ただ、ひどく疲れていた。
しばらく心身を休めようと思った島村は、近所のアルバイトから始めようと思った。候補はケーキ店と釣具店。釣り好きの父に勧められ、釣りをしたこともないまま後者を選んだ。
「そこで、釣りにハマったんですよ。釣りって、すごいゆっくりできるんですよね。釣れたらうれしいですし、釣れなくても、自然の中でぼんやり過ごすだけで、気持ちいいです」
急かされない時間のなかで、島村は少しずつ調子を取り戻していった。
「だんだん欲が出てきて、いろんな釣りの道具が欲しくなったんです。それにはお金も必要だし、じゃあもう一度、正社員として働いてみようと思えるようになりました」
転職で重視したのは、きちんと休日があること。そして、以前の工場で取った資格を生かせることだった。ものをつくることは変わらず好きだったのだ。
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ヤンマーキャステクノへの転職にあたり、島村にはひとつだけ不安があった。配属先の鋳造工場では、自分が唯一の女性作業者になるのだ。
「実際に働いてみたら、みなさん、すごく優しかったので、不安はすぐに消えました」
一袋重量ある袋を必死に運ぶ島村の姿を見た班長は、持ち上げずに転がして運べる設備をつくってくれた。当初の白っぽい作業服がすぐ汚れることを上司に相談すると、汚れの目立ちにくい黒い作業着へ変えてくれた。「こんなに気にかけてもらえる環境で働いたことがなかったので、本当にありがたかったです。それで、自分も思っていることを、もう少し言ってみようと思えるようになりましたし、工場にもだんだん愛着が湧いてきました。毎日作業が終わったら、掃除をして帰るんです。もしかすると自分の部屋より、工場の方がきれいなくらいかもしれません」
今の仕事は、一日の生産量が決まっている。忙しくても、ここまで終えれば帰れるという地点が見える。それは島村にとって大きなことだ。
今日の作業を終えた島村に、工務の男性が声をかける。別の部署の先輩だ。会うたびに声をかけてくれる。
「なんか飲みな」と差し出された100円玉を受け取ってお礼を言い、自動販売機のボタンを押す。こういう時間が、島村にとって大きい。見上げると、大きな雲が浮かんでいる。夏の空はこの時間もまだ明るい。明日は休みだ、釣りにでも行こう。そんなことを考えながら、島村は家路へつく。
PROFILE
ヤンマーキャステクノ株式会社
島村茜里 Akari SHIMAMURA