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9:10  恩田輝は出雲市内のオフィスで技術系の記事の要約に目を通していた。

恩田輝 島根情報処理センター

恩田輝のスマホには、毎日、LINEの通知が届く。

メッセージを開くと恩田が興味を持ちそうな、web記事のリンクと、その短い要約が並んでいる。

送ってくる相手は、人ではなく恩田の自作システムだ。技術者向けのwebメディアから前日に人気のあった記事を拾い、AIが要約し、その結果を毎日LINEで届けてくれる。この一連の流れを恩田は自分のコードで組み立てた。

「自分が欲しいもの、作りたいものを作れるのが、この仕事の面白さだと思います」

恩田は、出雲市にある島根情報処理センターに勤めるエンジニアだ。働くのは昨年増設されたD2placeと呼ばれる建物。カフェのようなその空間で、主に企業向けのシステム開発を行っている。

システムエンジニアの魅力を「パズルみたいな感じ」と恩田は言う。プログラムのパーツをつなぎ、大きなシステムを組み上げる。単体では意味をなさない部品たちが、協奏するようにひとつの機構を動かす。その瞬間に、恩田は、美しさに近い喜びを感じる。

プログラミングに触れたのは、広島の大学に進学してからだった。大学時代は自分のためにものを作っていた。使う人も、判断する人も、自分。自分がよければ、それでよかった。仕事になると、その意識が変わった。

「入社して、LINEを使った勤怠管理のシステムに関わったのをよく覚えています。出勤や退勤をLINE上で入力できるようにする仕組みです。自分の画面の中で完結していたコードが、誰かの仕事の一日に入り込んでいくことが、新鮮でした。作ったものを社会で使ってもらえて、はじめて本当にエンジニアになれた気がしました」

便利になった。使いやすい。助かった。そんな声が返ってくることも嬉しかった。自分が書いた誰かの仕事を助けている。日常を少しだけ変える。学生時代にはなかった感覚だった。

だが、誰かのために作るということは、責任も生まれる。そこには、技術だけで完結しない難しさもある。

ある時、小さな行き違いがあった。

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依頼された機能を作ったものの、相手が思い描いていたものとは少し違う仕様になっていたのだ。たとえば、アプリのボタンの位置。そういう細部が使い勝手を左右する。動けばいい、という話ではない。

「もっとコミュニケーションを取って、どういったものが求められているのか、話しておかないといけなかったって反省しました」

学生の頃は、技術力が大事だと思っていた。けれど、仕事で開発に関わるようになってから、考えは変わった。

「技術があっても、使う人のことが分かっていなければダメなんですよね。いいものを作るには、技術力と同じくらいコミュニケーション力が大事なんだなって思いました」

二〇二四年四月、東京の企業との合同プロジェクトに参加した。チームリーダーを務める相手側のエンジニアは、恩田と同じ年次に大学を卒業した人だった。

「それまで僕は、頼まれたタスクを自分でこなすことがほとんどだったんです。でもチームリーダーになると、他の人の進み具合を見たり、次のタスクを割り当てたり、リリースまでのスケジュールを考えたりしないといけない。同じ年次で仕事を始めた方がそれをされているのを見て、すごいと思いました」

そのプロジェクトで、恩田がミスをしてシステムにエラーが出たことがあった。発端は自分だった。落ち込む恩田に、そのリーダーは言った。

「僕の方に責任があります」

その言葉に救われた。今後、チームの誰かがミスをした時には、自分も同じように言いたいと思っている。

システムエンジニアの仕事は時代の転換期にある。AIがコードを生成するようになり、エンジニア自身がイチから組み上げる機会は減っている。にエンジニアに求められる役割はますます変わっていくだろう。仕事の方法も更新しなくてはいけない。それでも、この仕事には変わらない面白さがあると恩田は言う。まだ形のないものを、目に見える形に実装すること。誰かを助ける仕組みを構想し、自ら構築できることは、恩田の自信にもなっている。

「いつか、もっと多くの人の助けになるシステムを作ってみたいです。例えば、僕が生まれた奥出雲町やそこに暮らす人たちに、自分の技術で役に立てることも、あるかもしれません」

そう語る恩田の顔つきは明るい。AIの進化はある種の脅威かもしれない。一方で技術の進歩によって、ひとりの力でより規模の大きなシステムを、自由な発想で作ることも可能になるかもしれない。そういう時代の変化を、恩田は可能性の広がりとして捉えようとしている。

PROFILE

島根情報処理センター

恩田輝 Hikaru ONDA

1998年生まれ。奥出雲町出身。広島工業大学大学院を経て、島根情報処理センターへ入社。エンジニアとしてシステム開発に携わり、誰かの役に立つものづくりの形を探る。

COMPANY PROFILE

1972年設立。出雲市に本社を置くIT企業。システム開発 ・運用・保守、ネットワーク構築、自治体向けソリューションなどを手がける地域の情報基盤を支える。