9:15 駅を見下ろす古いアパートから石野響は会社へ出かける。
石野響 パリティクラブ
2025年7月、ミュンヘン。赤いカーペット。歓声が響く中、石野響は拳を握りしめ涙をこらえていた。その時、胸に浮かんでいたのは、長年抱えてきた疑問だった。
「地方にいても、世界の舞台で勝負できるのか?」
その問いへの答えが、遠い異国の地で見えた気がした。
生まれは兵庫。広島大学に進学し、在学中の19歳の時、仲間とマーケティング会社を立ち上げた。
「世界の仕組みを知ることが好きな子どもでした。マーケティングに興味を持ったのも、世の中を動かすお金やビジネスの仕組みを知りたかったからです」
東京や海外へ進出し、時代を牽引する若き経営者として世間の注目を集める。そんな華やかな未来を思い描いていたが、現実は甘くなかった。
「世界一のマーケターになりたいと思って起業したんです。でも、実際は地道な営業と雑務の繰り返し。資金繰りは大変ですし、世界どころか、広島で活躍することもできていませんでした」
ある時、東京で若手経営者たちが集まる飲み会に顔を出した。その夜のことは、今も石野の脳裏に残っている。
「同世代の経営者に、『なんで地方でやってるの?』って聞かれたんですよ」
大きな仕事をするなら、都会にいなければ話にならない。そう言われたような気がした。見下されたような悔しさを飲み込み、苦笑いでごまかした。
「都会への憧れがありながら、慣れ親しんだ広島から出られない。そんな自分の矛盾を突かれたみたいで、こたえました。結局、広島の会社は、学生のま6年間続けました」
6年間は、野望に燃えていた石野の自信を砕くには十分な時間だった。自分は“あっち側”の人間ではないのかもしれない。大きなことを成す器ではないのかもしれない。そう思うようになっていた。
そんな時、妙な話が舞い込んできた。
「ミュンヘンへ行かないか」
その誘いが、結果的に石野を広島から島根へ導くことになるとは、その時は知るよしもなかった。
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「学生時代に知り合った映画監督の方から、連絡をいただいたんです。日本で作った映画を海外の国際映画祭に出す。日本の映画を世界へ持っていくのを手伝わないかと。自分に何ができるかわからないけれど、同行させてほしいと志願しました」
そうして訪れたミュンヘン国際映画祭で、その作品は日本作品として初のグランプリを受賞した。タイトルは『岡本万太』。受賞が発表された瞬間、石野は泣きながら、その光景を必死に記憶へ刻もうとした。
「監督がぼそっと言ったんです。『日本でも、やることやれば世界が獲れるな』って。その言葉はずっと忘れられません」
その時、石野のそばで泣いていた人物がいた。松江でデザイン会社を経営する、澤野大地だ。澤野も監督と知り合い、プロデューサーとして映画祭に同行していたのだった。
翌年の春。午前九時十五分、石野は宍道湖沿いのアパートで目を覚ました。アラームを止め、十分で支度を済ませて家を出る。オフィスの扉を開くと、いつもの面々の中心にいる澤野と目が合う。
石野は広島で立ち上げた会社の経営から離れ、松江へ移り住んだ。現在は澤野が代表を務めるパリティクラブのwebディレクターとして働いている。
「ミュンヘンで、本気でものを作れば、場所がどこであっても世界で戦えるし、勝てると知りました。わくわくしたんです。あの感覚を、澤野さんとは共有できていると思います」
パリティクラブは海外や東京ともつながりを持ち、街の個人店から、誰もが知るような大企業の仕事まで幅広く手がけている。それは、石野が学生時代に描いた理想を思わせた。
「広島でも、山陰でも、東京でも、結局は自分が何を作るか。松江に来た意味を作るのは、これからの自分です」
十代で起業し、26歳で会社員としてパリティクラブに入社した。それは夢へ近づくための選択なのだろうか。そう尋ねると、石野は言葉を選びながら答えた。
「ずっと自己流でやってきて、結局、大したことはできなかったです。今は上司がいて、同僚がいます。尊敬できる人がすぐ近くにいる。この環境がすごくありがたいです」
石野が借りた松江の部屋の本棚がある。目につく場所に、パスカルの『パンセ』が並ぶ。
「好きな本なんです。パスカルは、人は暇すぎるとおかしなことをする、ということを書いています。自分は仕事が好きで、働けるだけ働きたいんです。忙しい方がいい。だから、パスカルの言うことがわかる気がして」
少し考えてから、石野は続けた。
「正しい読み方かは、自信がないですけどね。でも、仕事が好きだし、次の時代に残る大きな仕事をやりたい。そこは代表と自分が似ているところかもしれません」
本棚のそばの壁に目をやると、小さな、ぼろぼろの紙が貼ってある。そこに書かれているのは、「世界一のマーケターになる」という目標。
場所も、働く環境も変わった。それでも、宍道湖を見下ろすこの場所から、石野の夢はまだ先へ続いている。
PROFILE
パリティクラブ
石野響 Hibiki ISHINO